2011年10月28日金曜日

投資銀行電話面接

初めて、某外資系投資銀行の電話面接を受けた。結果は惨敗。全くの準備不足だった。昨日の昼に電話面接のオファーがあり、次の日の今日、受けることになった。

面接の内容は2つ。

  • 自己紹介(自己PR)をしてください。(日本語と英語で)
  • 志望動機は何ですか。
最後に質問の機会が与えられたので2つ聞いてみた。

  • 投資銀行での業務内容(面接官の経験も含めて)
  • 1日のスケジュール

一応自己PRと志望動機は準備してたけど、言いたいことがまとまってなかった。次回に活かそう。

Wrote at 2011/10/28 10am

2011年7月16日土曜日

ヒッチハイク 東京ー香川




2011年7月11日11:45am、短期滞在先の新宿区築地町を出発し、旅は始まった。

まずは地下鉄で用賀駅まで行き近くにある高速道路入口手前で、通り過ぎる車に向って「西へ」と書いたホワイトボードを掲げる。これは少し抽象的過ぎたのかなかなか止まってもらえない。まずは高速に乗ることを目標に「サービスエリアまで」と書き直す。恥ずかしさとワクワク感を胸に秘めながらマクドの前で待つこと30分、ようやく1台、紺色の車が止まってくれた。西へ行っていることと、とりあえずサービスエリアまで行きたいことを伝えると、乗って良いとの事。

60代ぐらいのおじさん。若い頃このおじさんもヒッチハイクをやっていたらしく、
その関係で自分を乗せてくれたとのことだった。最近までコンサルタントをやっていたらしく今は定年して、この日は別荘に向っているらしい。日本経済や金融、政治や、息子のことを話してくれた。富士山の高さが3776mだということもこの機会に暗記できた。そして何といっても、乗っていた車がすごかった。クラウンのハイブリットカー。ガソリンと電気の両方を使って走るのはもちろん、車間距離を感知し、オートで走行する。ハンドルも握らない、アクセルも踏まないで設定していた通りに自動で走る。そして、スピードを出しすぎてブレーキを踏んだ時にはその力(エネルギー)が電気へと変換(発電)される。自動運転とまではいかないが、ここまでテクノロジーが発達しているとは思わなかった。そうこうしている内に、神奈川県の足柄サービスエリアに着いた。ここで降ろしてもらい、お礼を言うと、クラクションを軽く鳴らし去っていった。

これが今回はじめてのヒッチハイクでの1台目の車になった。

そもそも、どうしてヒッチハイクを始めたのかというと、サマーインターンシップの選考会で会った人がヒッチハイクをしたことがあって、案外簡単に短期間で遠くまで行けると言う話を聞いてからだ。ヒッチハイク旅とカブ(原付)での日本横断が大学1年生の頃からの念願の夢であったのもあり、せっかくだから今回日本に居る時間のあるときにヒッチハイクだけでも挑戦してみようと決意した。

まずは金曜日に100円ショップでホワイトボードとマーカーを買った。そして土日に出発しようと思っていたが結局出られず、月曜日に出発することになった。

以下、ヒッチハイク終わりまでに今回通ったルート

  • 1日目:東京都世田谷区用賀→神奈川県足柄SA(サービスエリア)→愛知県豊田市上郷SA→(名古屋市)名古屋IC(インターチェンジ)を降りたところ→名古屋市栄(街の中心街)→地下鉄で名古屋市内散策
  • 2日目:名古屋城見学後→名古屋駅周辺高速入口→三重県桑名市大山田PA(パーキングエリア)→亀山市亀山PA→大阪府香芝市香芝SA→大阪市平野区平野→地下鉄で中央区難波→JRで兵庫県神戸市神戸駅
  • 3日目:兵庫駅近くの高速入口→兵庫県たつの市龍野西SA→岡山県岡山市吉備SA→香川県坂出市、おか泉(せん)で讃岐うどんを食べる→高松市→した道のどこか道の駅→10kmぐらい歩いてマクド到着→高速道路従業員出入口から、さぬき市津田の松原SAに入る→
  • 4日目:徳島県鳴門市鳴門西PA→兵庫県淡路市淡路SA→滋賀県草津市草津PA→三重県四日市市御在所SA→愛知県一宮市尾張一宮PA→神奈川県海老名市海老名SA→東京都江東区木場→始発の地下鉄で新宿区神楽坂駅→帰路に着く

2011年7月7日木曜日

東京滞在 1-2週間目

大都会東京。

いろんな場所がある。いろんな人がいる。

今現在の滞在場所は新宿神楽坂にあるゲストハウス。安い滞在費の割に、生活必需品はそろっていて居心地は悪くない。

この夏は、ニューヨークタイムズの新聞記者(大学教授)の下でのインタビュー同行インターンをさせてもらえることになっている。また、いくつか企業の短期インターンも考えている。

Wrote at 7/7/2011 2:00am

2011年6月29日水曜日

上海1ヶ月間




今回は学期も終わり、5月11日~6月13日の期間、中国語を勉強するために中国(主には上海)へ行っていた。

大学の先輩と(友人)中国人コミュニティの影響彼は多くいる中国からの友人と中国語で会話をしていた。そしてそのコミュニティに半分足を突っ込んでいる状態の自分だけが中国語での会話についていけてない状況。そういった集まりで毎回キョトンとして理解できないのは悔しいし、単純に彼らの言葉で話してみたいって思った。彼らと中国語で話すことができればどんなに楽しくなるだろうって考えたら自然とモチベーションは高くなる。

上海では、上海海事大学というマイナーな大学の授業に1ヶ月間途中参加という形で通った。午前中は大学での授業、午後は街に出ていろんな場所を散策、といった感じ。中国語を学ぶほか、中国、上海を見て現地を経験できたってことで得たものも大きい。
  
現地の眼鏡屋で眼鏡を作ったときにはレンズを2度も変えてもらい、そのやり取りの中で仲良くなったり、現地人や旅行者に紛れて、品物を値切ったり、案外上海でも英語があんまり通じないってのも知れた。授業前に朝食として食べるようになった肉汁たっぷりの肉まんだったり、昼飯として食べる、これも肉汁たっぷりの小龍包だったりが好物になった。

上海を発ってからは友人のいる大連だったり、フェリー発着地の青島にも行けた。そして青島から下関に帰る36時間滞在のフェリーの中でも中国人と仲良くなっり、日本人の、背中にでっかく刺青のあるお兄さんとも仲良くなったりもした。

そのフェリーの乗客の3分の2以上は中国人女性の日本への出稼ぎ労働者。就労ビザの性質上、肩書は研修生だが、実際は中国内陸部の農村から日本へ出稼ぎに行くという形だ。2組の内1組は愛知県で帽子を作る仕事、もう1組は福岡県八女市で食品製造の仕事を1年から3年掛けてするらしい。これには少し衝撃を受けた。こうやって出稼ぎに行くような若者は、留学中の中国人の友人や、上海のスタバでフラッペチーノを買うことのできる富裕層の彼らとは、全く異なる境遇なんだと思う。

Wrote at 6/29/2011 at 1:00 pm

2011年6月8日水曜日

H.E.A.L. Japan ファンドレイジング 一段落




H.E.A.L Japanの活動結果について。

震災ファンドレイジングの活動は3月14日に始まり5月6日には無事一段落着いた。日本人を中心に、周りの友人、学生、団体、教授などを巻き込みながら活動をした。

以下金額詳細

募金 $7938.67
物販 $1570.00
小計 $9508.67
(費用 $608.68)
合計 $8899.99

皆、本当に良くやったと思う。そして自分自身も様々なところで成長できた。他人との協力。会計の仕方。どのようにすれば効率的に動けるのか。どのようにすれば人は動いてくれるのか。どのようにすれば人に伝えたいこと・彼らが知りたいことを伝えることができるのか。そしてどのタイミングで人はお金を出してくれるのか。いろいろ考えさせられるものがあった。

また、自分の思っていたほど安いステッカー、特にブレスレットは売れなかった。でもなぜか単価の高いTシャツは売れた。それも1、2週間ほどは手元に届かないというのに。自分の、これは売れると思っていたものが売れないのを痛感させられたような感覚だ。ビジネスに置き換えて言うと、市場調査をせずに売り出してしまったようなものかもしれない。

今回は得たものがたくさんある。ただ、自分の時間が犠牲になってしまった部分も正直ある。先学期(春学期)の成績が今一つの結果に終わってしまった。来学期は勉学に打ち込む意識を学期中コンスタントに保たなければならない。特にUpper Level(ビジネス専攻のコア教科)のクラスをたくさん取っているから気を抜けない。

話が逸れてしまったが、全体的にH.E.A.L Japanの活動は有意義だった。失ったものも少しあるが、得たものの方が遙かにでかい。何よりも、被災地・被災者の為に何かしらの行動ができたと思う。そして今回ほど、熱い想いを持った友と1つの目標に向かって共に動けたことは今までになかった。

被災地・被災者の復興と回復、そして日本全体が、今回の災害を糧にして更なる発展を遂げることを願う。


Wrote at 2011年6月8日 am 2:50 in Shanghai

2011年3月28日月曜日

震災での活動 H.E.A.L Japan ~ Help Ease Aid Lend a hand ~




1週間の春休み中に起こった東北地方の大地震と大津波の災害、東北地方太平洋沖地震。このことを知ったのはアメリカ南東部を旅行中のモーテル。共に旅行中だった友人に母が連絡してきた。

直ぐにTVをつけて緊急特番ニュースで津波の映像を見た。住宅や工場が津波によって飲み込まれていく。衝撃だった。すぐさま九州に住んでいる母にSkype経由で電話を掛けた。実家は福岡なので離れている地元はなんともなかった。

そして、休みの間オレゴン州のポートランドに行っていた大学の先輩から、その週の日曜日に集まるようにとの召集がかかった。大学に帰った日(3月13日日曜日)に、日本人学生7人と日本語教師1人が集まり話し合う。海外にいながら何か自分たちにできることはないか。義援金の募金活動、物販、他の学生・教授への災害についての情報発信。日本の状況について調べていくうち、災害の新たな写真を目にするうちに、日に日に事の重大さをひしひしと感じるようになっていった。

そして次の日(14日月曜日)から募金活動を開始した。きちんと仕組みを作り、役割分担も行った。授業や課題が多く、コアメンバー(日本人7人、中国人1人、台湾人1人)だけでは限界があるので他の学生、団体にも積極的に助けを募った。ここ1、2週間動いた甲斐もあり、今ではたくさんの人を巻き込んでいけている。

平日朝10時から昼過ぎの2時までのDonation Table。Tシャツ、ステッカー、シリコンブレスレットの販売。月曜日に行ったInfo Night(日本の状況を発信・共有)。その他様々なイベントで広報の機会をもらい、物販の分の費用(コスト)は大学側の留学生オフィス
(International Student Affairs Office)が肩代わりしてくれることになった。

義援金は2週間で$3794.32、物販の売上は$975.00、合計で$4574.32集まった。

Donation
1st week (Mon.-Sun.) - $2,205.72
($1712.05 had sent to American Red Cross on Sat.)
2nd week (Mon.-Sun.) - $1,588.60
(Today's I-Dinner $401.11)

Sales
2nd week (Mon.-Sun.) - $975.00
(Today's I-Dinner $423.00)

Total in two weeks - $4574.32

全ての義援金と利益はAmerican Red CrossのJapan Earthquake and Pacific Tsunamiの方に送金することになった。

遠い国で起こっている悲惨な出来事に、こんなにも協力的で、募金することをいとわない
ここトゥルーマンの学生とカークスビルの住民には驚かされているというのが正直なところ。この活動は、全体を取りまとめる人、広報ポスターや物販アイテムをデザインした人、Donation Tableの為に時間を使って手伝ってくれる人々、様々な人や団体の協力があって成り立っている。

これは本当に凄いことだ。動けば周りは答えてくれる。でもこれは、やらなければ始まらなかったこと。もし日本の大学に通っていたら、これほど濃い活動はできなかったに違いないし、余裕があってもここまで主体的になって動いていないと思う。ここで一緒に動いている友人たちには、心からすごいなと思う。目的を持って留学している人たちは本当に強い。こういう人たちに囲まれてこそ、自分は日々成長すると感じる。

このH.E.A.L Japanの活動は、脳裏に一生焼きついて忘れることはないだろう。母国日本、そしてその被災者の力になりたい一心で始めた活動が、実は、自分にとっても価値のある経験になっている。学生の本業である勉学と、この活動。今学期が終わるまできちんと両立させていきたい。

日本の復興と被災者の環境改善を祈って。


Wrote at 2011/03/28 5:39

春休みの旅行 ミズーリからフロリダまで




1週間のSpring Break(3月5~13日)中に友人と車で旅行した。

旅路は
Kirksville,MO → St.Louis,MO → Memphis,TN → Birmingham,Al → Knoxville,TN → Atlanta,GE → Daytona Beach,FL → Jacksonville,FL → St.Louis,MO → Kirksville,MO

走行距離は
(往路)1,612 miles = 2,594km
(復路)1,199 miles = 1,923km
(往復)2,811 miles = 4,517km

行って来た場所は

Memphis

  1. Sun Studio(エルビス・プレスリー所縁のスタジオ)
  2. National Civil Rights Museum (市民戦争歴史博物館)
  3. Beale Street(バー通り)

Birmingham

  1. Birmingham Botanical Garden(庭園)
  2. Vulcan Park(銅像+展望台)
  3. アウトレットモール

Knoxville

  1. University of Tennessee(テネシー州立大学)
  2. the Lost Sea(地下洞窟+地底湖)

Atlanta

  1. CNN(CNN Newsの本部)
  2. Coca-Cola Museum(コカコーラ博物館)
  3. プレミアム・アウトレットモール

Daytona Beach

  1. ビーチ
  2. Rider's Festival


この1週間で、アメリカの一部分を自分の目で見て肌で感じることができた。市民戦争歴史博物館では、アメリカ人(黒人)の歴史を垣間見た。バーミンガム庭園では、欧米の庭園とは一味違う日本庭園の美があった。地下洞窟、地底湖のあるロスト・シーでは、地上にはない神秘的な世界を見た。コカコーラ博物館では、世界中のコカコーラ製品64種を試飲した。バイカーの(ハーレーダビットソンのような大きなバイクに乗っている)人たちが集う盛大な祭りの雰囲気も楽しんだ。

運転面では免許を取ってほんの数日だったが、このおかげで運転はだいぶ板に付いてきた。国際免許証を取れば、これで日本でも運転できるようになる。

出発当初から車のトランクに荷物がパンパンだった状況で、道中、アウトレットモールで買い物をしてさらに増えた荷物。夕飯にはエチオピア料理やギリシャ料理も食べた。

車の中で交わした会話は有意義なものだった。日本人同士での会話でも半分日本語、半分英語のこの少し変な状況。他愛のない話から始まり、武士道、戦争、日本政治、これからの人生について。一緒に旅をしていく上で、相手の性格、自分の性格をよく観察し、知ることができたことも大きな収穫のうちの1つ。

今回の旅行は今までとは違った新たなものになった。


wrote at 2011/3/28 2:45